ヘルスメーターや「タニタ食堂」で有名な株式会社タニタは、2017年から社員を個人事業主化する制度を導入しています。
これは、社員を個人事業主にして退職させ、改めて会社と契約し、それまでと同じように仕事を行うというものです。
タニタでは、これを「日本活性化プロジェクト」と呼んでいますが、はたして、働き方改革を引っ張るような制度なのでしょうか。
タニタの社員、個人事業主化とは
2017年に始まったこの制度は、社員が個人事業主として独立起業し、会社はこれまでの仕事を業務委託するというものです。タニタは、この独立を支援します。
独立した元社員は、従来よりも多い収入を得ています。仕事内容も社員時代と変わらないところからスタートします。
会社との契約は、社員の時の雇用契約でなく、会社と個人事業主との委託契約になるために、仕事の成果を厳しく求められます。
働く時間や働く方法などは自分で自由にできます。余った時間で副業も可能で、タニタ以外の会社とも契約できるものです。
2019年に日本経済新聞出版社から本が出されています。
『タニタの働き方革命』谷田千里、タニタ(編著)
個人事業主になる。つまり、独立起業の他にも、いろいろな雇用形態があります。
「雇用形態を知ることで働き方はかわるのか」でまとめてあります。
また、起業の方法については「起業とは」にまとめました。
会社にとってのメリット・デメリット
社員の個人事業主化は、会社(タニタ)にとって都合のいい制度なのでしょうか。メリットとデメリットをみてみましょう。
会社のメリット
リストラがしやすくなる
社員を個人事業主にすると、不況などのとき、委託契約解除で実質的なリストラができます。
これは、会社にとって都合のいい制度ですが、タニタは社員時代からの業務の引き継ぎや、継続契約を前提に制度設計をしています。
タニタでは、会社にとってのこのメリットを使う気はないようです。
勤務管理をしなくていい
会社は社員の出退勤管理などをしなければなりません。一方、個人事業主化社員には委託契約に基づいた成果のみを求めればいいので、総務部門、管理職の負担が激減します。
社員育成をしなくていい
社員を一人前になるまで育てるのには、労力がかかります。業務委託ですと、委託相手に教育をする必要はないので、これらを考える必要はありません。
各種手当をカットできる
手当には次のようなものがあります。これらもカットできます。
通勤手当、残業手当、住宅手当、家族手当、役職手当、資格手当
社会保険料もカットできる
健康保険、厚生年金保険など、会社が負担している社会保険は、社員の給与×15%くらいです。
健康保険と厚生年金保険は社員と折半とはいえ、会社にとって大きな負担です。これも、削減できます。
福利厚生費なども不必要
社宅や、健康診断費などの福利厚生費も個人事業主化社員の分は負担する必要はなくなります。
会社のデメリット
個人事業主化社員は、会社の指示を聞く必要がない
これは、「契約した業務についての協議・打ち合わせは行い会社の意向に沿って業務は進めるが、契約以外の業務についての指示は受けない」が正確でしょうか。
業務を進める中で、必要に応じて「協議・打ち合わせ」を行います。この場が、「指示」に近いものになりますが、契約に基づいて、互いの立場で話をしていくわけです。
タニタのような動きが数多く出てきて、働き方改革が進めば、「契約」というものをみんなが理解し、個人事業主の立場も強くなっていくと思われます。
契約額をどう決めればいいのかわからない
個人事業主化社員は、プロジェクトごとの契約に基づいて額が決まります。
社員は給料をもらって業務をします。タニタでは業務は引き継ぐ形を取っていますが、契約額の算定は、簡単ではなかったのではないでしょうか。
誰もが、初体験なので悩むことになるでしょうね。これは、試行錯誤しながら進めるしかありません。
追加の仕事を頼むときはどうするのか
必要な追加仕事が出てきたときに、これまで部下に指示していたように、簡単に追加できません。新たな契約書を作るか、契約書の変更が必要になります。
これも、経験を積み重ねるほかないでしょう。
個人事業主化社員のメリット、デメリット
当然のことながら、個人事業主化社員にとっても、メリット、デメリットがあります。
個人事業主化社員のメリット
自分の裁量で自由にできる
仕事を進める上で、就業時間に縛られることがないので、自分で自由に勤務時間を決められます。時間ばかりでなく、働く場所も制約はなくなります。
タニタでは、前の業務を引き継ぐことが前提の制度ですから、勤務時間、仕事場所も引き継がれたのではないでしょうか。
仕事以外の飲み会や会社行事への参加も自由なはずですが、タニタの個人事業主化社員はどうされているのか興味のあるところです。
副業も自由
契約している会社以外の会社とも自分の裁量の中で契約が可能です。
経費で落とせる
個人事業主は事業に必要なものを経費で落とすことができます。
節税、だけでなく、即断即決で事務用品などを買うことで、自分の業務を効率化するためにも使えます。
個人事業主化社員のデメリット
これは、会社にとっての都合のいい面の逆と必要な手間があります。
収入の不安定さ
個人事業主になると、社員時代より大幅に収入が増える人もいるでしょう。タニタでは事業と収入の引き継ぎが制度の前提になっているようですから、出てないでしょうが、将来は、収入が減ってくる個人事業主化社員も当然いるわけです。
契約解除で実質的なリストラになる不安
契約終了すると実質的にリストラされます。
タニタでは、複数年契約の継続という形でこれを避けています。個人事業主化社員にとっては、安心ですね。
ローンが組みにくくなる
ローンが組みにくくなる、クレジットカードも作りにくくなる、はよく聞きます。銀行などが個人事業主化社員がタニタと同様の社会的信用があると判断すれば、解決するかもしれません。
社会保障が大きく変わる
個人事業主は厚生年金に加入できないため、国民年金に移行します。退職金制度もありませんので、自分で将来の保証を考えなければいけません。
雑務が増える
今まで会社がしていた、納税の事務処理など自分でやることになります。
タニタは成功したのか
タニタの社員の個人事業主化は、働き方改革の急先鋒のようにみられますが、国が働き方改革を始める前から、スタートしています。
タニタの場合、労働力は維持して、労働の質は高める方向でやっています。
それが見られるのが、単に個人事業主化を解禁したばかりでなく、次の取り組みをしています。
- 仕事の内容は社員時代と基本的に変えない
- 契約額は、その人の社員時代の給与・賞与がベース
- ただし、経費(退職金積立、厚生年金等、手当など)は上乗せして契約
- 複数年契約を毎年更新にして契約打ち切りの不安を解消
- 社員時代の社会保障・福利厚生の費用を報酬のベースに組み入れた
- 会社が個人事業主化をサポート
タニタで、個人事業主化した第一期生は、3割くらい増収になったそうです。増えた分で、いままで会社がしてくれていた生活保障に当てないといけませんが、経費で落とせるものもあるわけです。
個人事業主化した社員は、かなり優秀だった方々だったのではないでしょうか。学校でも、第一期生は優秀と相場が決まっていますので、これを進めていって、会社として業績を伸ばせていけるかが評価になるのでしょう。
タニタでは、報酬や業務は、社員のときから継承される制度を取っているので、前と後では、大きな違いはないし、混乱も生じないでしょう。
個人的には、この取り組みはおおいに評価しますし、他の会社のモデルになっていけばいいと思っています。
まとめ
社員の個人事業主化は、会社にとっても社員にとっても大きな変革です。特に社員にとっては、いままで会社という保護者のもとで生活していたのに、いきなり外に出されて、全て自分の責任でやる。力のある人は富を得る。
タニタの社員は1000人を超えるそうですが、そのうち20数名が第1期生で個人事業主化したようです。2021年からの新規採用は、個人事業主化を前提に採用するとの報道もあります。確実に前に進んでいるようです。
タニタは、労務管理もしっかりした会社ですので、このような改革を始めることができたと思います。
社員の個人事業主化は、可能性と実効性の高いものといえます。
タニタのこの取り組みが成功例となって、日本人の働き方の多様性に可能性を示していくのを祈っています。
コメント