ゲシュタルト崩壊で頭の中を遊ぶ

同じ字を長い間、見続けたり、繰り返し見続けたりしていると、最初はその漢字だと認識していたのに、しばらくすると「この漢字はなにだったのか?」と分からなくなった、自信がなくなったことがありませんか?それがゲシュタルト崩壊です。

ゲシュタルト崩壊を体験してみよう

著者の「著」の字を30秒見続けてください。


ひらがなではどうでしょう

違う字に見えてきたり、字を構成する部分部分がそれぞれ独立して強調されてきたりしませんでしたか。それがゲシュタルト崩壊です。

ゲシュタルト崩壊とは

元々ドイツ語で、Gestaltzerfall。ですので、日本語や漢字に限ったものではありません。文字や図面などを見続けることにより元の全体性が失われてしまって、全体を構成するパーツが切り離された状態で認識し直される現象です。

発見された当初は、精神病のひとつとされていましたが、その後、健康な人も図形などを見続けることでゲシュタルト崩壊が起こることが分かってきました。なので、上の字を見て、ゲシュタルト崩壊が起こったあなたも普通です。

発生原因については、よく分かっていないそうです。テレビの見すぎ、パソコンやゲームのやりすぎなど目の疲労によるものでないことは分かっています。頭の中で認識していた文字や図形が、見続けることによって、形状を認識する情報処理過程で起こるといわれています。

情報処理の過程で、同じものや似ているものをグループ化したり、近くにあるものをまとめて認識しようとすることが原因ともいわれています。次に出てくる例を10秒くらい見続けてください。

同じものや似ているものをグループ化する

近くにあるものをまとめて認識する

3人グループ、4人グループなど頭の中で勝手にグループ化されませんでしたか。

ゲシュタルト崩壊が起こりやすいもの

漢字、ひらがな、などの文字

いくつかのパーツで構成されている文字は、ゲシュタルト崩壊が起きやすいといわれます。文字は身近にあって普段はその文字を認識していますから、見続けてゲシュタルト崩壊を起こすことに気づきやすいのかも知れません。

単純な構成のアルファベットより漢字やひらがなが起こしやすいので、日本はゲシュタルト崩壊天国でしょう。ヒマな時は、街の看板を凝視してゲシュタルト崩壊を楽しむことができます。

図形

前に説明したグループ化の例の他にも、次のように閉じた形のものを同じグループだと認識やれやすい法則があります。

【 と 】や( と )が同じグループだと無意識のうちに認識しているはずです。
】と【 は、グループ化されないのでは?

顔も凝視しているうちにゲシュタルト崩壊を起こしてしまうといわれています。私は男なので、鏡の前で自分の顔を凝視する時間はほとんどないのですが、化粧をする人は、ゲシュタルト崩壊と認識の再構築を繰り返しながら仕上げるのでしょうか。たいしたものです。

他人の顔のパーツ、特に耳は複雑な形をしているので、見続けるとゲシュタルト崩壊を起こすといわれています。変態呼ばわりされないように気を付けながら試してみてはいかがでしょう。

夏目漱石の「門」

1910年初版の夏目漱石の「門」の中に次のようなやり取りが出てきます。ゲシュタルト崩壊は「1947年、C・ファウスト(C. Faust)によって失認の一症候として報告された(Wikipedia)」とありますので、ゲシュタルト崩壊が発見される前からから知られていた現象だったようです。

「およね、近来のの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別にあきれた様子もなく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
江のおうの字じゃなくって」と答えた。
「その江のおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指を出して、その先で近の字を縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺ながめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談でもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半ば独言のように云いながら、障子を開けたまままた裁縫を始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少しもたげて、
どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくらやさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日のの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違ったような気がする。しまいには見れば見るほど今らしくなくなって来る。――御前そんな事を経験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。

夏目漱石「門」

まとめ

ゲシュタルト崩壊は、分かっている字や図形を一定時間、見続けることにより元の字や図形が頭の中で崩壊する現象です。それは、頭がおかしいわけではなく普通の人でも当然に起きます。

「錯覚」とは一線を画すようですが、それに少し近いものかも知れません。
ゲシュタルト崩壊は、ゲシュタルトの法則などで説明できるようですが、明確な原因は分かっていません。

図形を商売にしているイラストレーターなどは、この現象を頭に入れてデザインをされるのでしょうね。

私は絵を書きますが、考え直せば、絵を書いている間は、頭の中はゲシュタルト崩壊を繰り返しているような気がします。絵描きが少し描いては、遠く離れて見て、また描いてを繰り返すのは、絵を見る人をゲシュタルト崩壊へ導いて絵の面白みを増すためなのかも知れません。

これからはAIの時代といわれます。コンピューターが人間にとって変わるためには、AIがゲシュタルト崩壊や錯覚まで取り込まないと「人間味のある」判断はできないでしょう。

それにしても、ゲシュタルト崩壊の「崩壊」の字が一番、崩壊しそうです。

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